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2016年に登録された世界遺産と、松田光一の世界遺産アート作品(絵画)

  • チームWHA
  • 2017年6月6日
  • 読了時間: 15分

こんばんは。チームWHAです。 作家松田光一の作品や世界遺産の情報を紹介しています。 2016年の世界遺産委員会で登録された世界遺産を全て絵にしたものを紹介します。中でも「ル・コルビュジエの建築と都市計画」は日本からは国立西洋美術館が登録されて素晴らしかったです。 また、今年の2017年の世界遺産委員会も目前ですね。

2016年登録の世界遺産は以下の通りでした。 トランスバウンダリーサイト3(国境を越えて登録される世界遺産) 件計21件

※各遺産の概要はWIKIPEDIAを参照しています。各絵上部の番号は、作品管理番号です。 1032

Gorham's Cave Complex United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland_ゴーラム洞窟複合地帯 イギリス cultural_N36 7 21.61_W5 20 31.42_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)_Property : 28ha_Buffer zone: 313 ha_Ref: 1500

Gorham's Cave Complex United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland_ゴーラム洞窟複合地帯 イギリス cultural_N36 7 21.61_W5 20 31.42_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)_Property : 28ha_Buffer zone: 313 ha_Ref: 1500 イギリスの海外領土であるジブラルタルのゴーラムの洞窟(英語版)は、ネアンデルタール人の居住地の中でも末期に属すると見なされている。一帯からは、ネアンデルタール人の生活の様子をうかがわせる遺物などが発見されており、彼らの文化的伝統などを知る上で貴重であることが評価された。登録名は「ゴーラム洞窟群」となった。

1033

Archaeological Site of Philippi_ Greece フィリッピの古代遺跡_ ギリシア cultural_N41 0 53 E24 17 7_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(iv)_Property : 87.545 ha_Buffer zone: 161.228 ha_Ref: 1517

Archaeological Site of Philippi_ Greece フィリッピの古代遺跡_ ギリシア

cultural_N41 0 53 E24 17 7_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(iv)_Property : 87.545 ha_Buffer zone: 161.228 ha_Ref: 1517 フィリッピはアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世が紀元前4世紀に築いた古代都市。ローマとビザンチウム(現在のイスタンブール)を結ぶエグナティア街道上に位置し、欧州とアジアを結ぶ要衝として繁栄した。カエサルを暗殺したブルートゥスが自殺に追い込まれたフィリッピの戦いの舞台でもあり、1世紀以後はキリスト教布教の拠点となった。

1034

Stecci Medieval Tombstones Graveyards_Bosnia and Herzegovina_Croatia_Montenegro Serbia 中世の墓碑ステチュツィの墓所群 _クロアチア/セルビア/ボスニア・ヘ ルツェゴビナ/モンテネグロ cultural N43 5 31.97 E17 55 26.59_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(vi)_Property : 49.15 ha_Buffer zone: 321.24 ha_Ref: 1504

Stecci Medieval Tombstones Graveyards_Bosnia and Herzegovina_Croatia_Montenegro Serbia 中世の墓碑ステチュツィの墓所群 _クロアチア/セルビア/ボスニア・ヘ ルツェゴビナ/モンテネグロ cultural N43 5 31.97 E17 55 26.59_Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(vi)_Property : 49.15 ha_Buffer zone: 321.24 ha_Ref: 1504 ステチュツィ Stećci [stetɕtsi] (単数: Stećak [stetɕak])はボスニア・ヘルツェゴビナや中世にボスニア王国の領域であったクロアチア(ダルマチア)、モンテネグロ、セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境付近に散在する巨大な中世の墓碑である。現代のボスニア・ヘルツェゴビナ国内ではおよそ6万が、クロアチアやセルビア、モンテネグロでは1万のステチュツィが発見されている。ステチュツィが現れ始めたのは11世紀のことで、これらがピークを向かえたのはオスマン帝国の支配により消える以前の14世紀や15世紀のことであった。ステチュツィの墓碑は中世のボスニア王国や当時異端とされていたボスニア教会(英語版)に属していた。ステチュツィの墓碑のエピタフ(墓碑銘)にはボスニアキリル文字(英語版)(ボサンチィツァ"Bosančica" [bosaŋtʃitsa])が記され、文字はボスニア教会のコミュニティで広く使われていた。ステチュツィの最大のコレクションはヘルツェゴビナの町ストラツ(英語版)近くのラディムリャ(英語版)にある。 ステチュツィは2016年にユネスコの世界遺産リストに正式登録された。

1035

Antequera Dolmens Site_Spain アンテケラのドルメン遺跡_スペイン cultural_N37 1 30 W4 32 40_Date of Inscription: 2016_Criteria: (i)(iii)(iv)_Ref: 1501

Antequera Dolmens Site_Spain アンテケラのドルメン遺跡_スペイン cultural_N37 1 30 W4 32 40_Date of Inscription: 2016_Criteria: (i)(iii)(iv)_Ref: 1501 メンガ、ビエラの各ドルメン、エル・ロメラルの地下墳墓、エル・トルサルなど2件の非人工の記念物を対象としており、かつての巨石葬礼文化を伝えるものとして評価された。 1036(i0048)

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement Argentina_Belgium_France_Germany_India_Jap an_Switzerland ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献 スイス/ドイツ/ フランス/ベルギー/インド/日本/アルゼンチ ン共通 cultural_N46 28 6.29 E6 49 45.61_Date of Inscription: 2016_Criteria: (i)(ii)(vi)_Property : 98.4838 ha_Buffer zone: 1,409.384 ha_Ref: 1321rev

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement Argentina_Belgium_France_Germany_India_Jap an_Switzerland ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献 スイス/ドイツ/ フランス/ベルギー/インド/日本/アルゼンチ ン共通 cultural_N46 28 6.29 E6 49 45.61_Date of Inscription: 2016_Criteria: (i)(ii)(vi)_Property : 98.4838 ha_Buffer zone: 1,409.384 ha_Ref: 1321rev

ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―(ル・コルビュジエのけんちくさくひん―きんだいけんちくうんどうへのけんちょなこうけん―)は、20世紀の近代建築運動に多大な影響を及ぼした一人であるル・コルビュジエの作品群、ことにその中でも傑作とされる住宅、工場、宗教建築などをまとめて世界遺産リストに登録した物件である。世界各地に残るル・コルビュジエの建築作品のうち、フランスを中心とする7か国に残る建築群が対象となっており、大陸を跨ぐ初の世界遺産登録となった。その暫定リストに記載されていた時の物件名はル・コルビュジエの建築と都市計画であった。2009年の第33回世界遺産委員会で「情報照会」と決議された後、構成資産見直しの過程で現在の名称へと改名され、第40回世界遺産委員会(2016年)にてその名称で世界遺産リストに登録された。なお、登録名称の日本語訳に使われている「-」は、外務省や文化庁の発表では全角マイナスが使われている。

1037

Archaeological Site of Ani Turkey_アニの考古遺跡_トルコ _cultural_N40 30 0 E43 34 0_Date of Inscription: 2016_Criteria: (ii)(iii)(iv)_Property : 250.7 ha_Buffer zone: 432.45 ha_Ref: 1518

Archaeological Site of Ani_ Turkey アニの考古遺跡_トルコ cultural_N40 30 0 E43 34 0_Date of Inscription: 2016_Criteria: (ii)(iii)(iv)_Property : 250.7 ha_Buffer zone: 432.45 ha_Ref: 1518 アニ (アルメニア語: Անի; ギリシャ語: Ἄνιον, Ánion; ラテン語: Abnicum;グルジア語: ანისი, Anisi; トルコ語: Anı, 英語: Ani)は、アルメニア人によって中世に建設されたシルクロードの商業都市。現在のトルコ共和国・カルス県にあり、アルメニア共和国との国境に近い。 961年から1045年までのアニは、今日のアルメニア共和国からトルコ共和国東部までの広い範囲を領土としたバグラトゥニ朝アルメニア(ロシア語版)の首都だった。様々な交易ルートが交わる場所にあり、アニにある多くの宗教建築物・宮殿・要塞は、技術的・芸術的に見て世界でもっともすぐれた構造を有していた。アニは「千と一の教会がある都」と表現され、最盛期には約100,000の人口を有したとされている。長きにわたって華麗さや壮麗さで知られていたものの、1236年にはモンゴル人によって略奪され、1319年の地震によって荒れ果てた。その後、17世紀までには単なる村へと落ちぶれ、ほとんど忘れ去られた。 アニはアルメニア人にとっての文化的・宗教的・国家的な遺産として広く認識されている。2016年には「アニの考古遺跡」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。 1038

The Persian Qanat Iran (Islamic Republic of)_ペルシアのカナート_イラ ン_cultural_N34 17 24 E58 39 16_Date of Inscription: 2016 _Criteria: (iii)(iv) _Ref: 1506_2016

The Persian Qanat_ Iran (Islamic Republic of) ペルシアのカナート_イラ ン cultural_N34 17 24 E58 39 16_Date of Inscription: 2016 _Criteria: (iii)(iv) _Ref: 1506_2016 カナート(アラビア語: قناة‎ 転写:qanāt)とは、イランの乾燥地域に見られる地下用水路のこと。同様のものをアフガニスタン、パキスタン、ウズベキスタン、新疆ウイグル自治区などではカレーズ(karez; ペルシア語: كاريز‎ 転写:kāriz)といい、北アフリカではフォガラ(foggara)という。 イラン高原を中心に各時代に出現したペルシア帝国が、ティグリス川・ユーフラテス川沿岸の古代メソポタミア文明を凌駕した点の一つにこのカナートという灌漑施設があったといわれる。現在に至るまで古代に起源を持つこの水路が使われている地域も多い。 山麓の扇状地などにおける地下水を水源とし、蒸発を防ぐために地下に水路を設けたものである。山麓に掘られた最初の井戸で水を掘り当ててその地点から横穴を伸ばし、長いものは数十kmに達する。水路の途上には地表から工事用の穴が掘られ、完成後は修理・通風に用いられる。水路が地表に出る場所には、耕地や集落のあるオアシスが形成されている。耕地では小麦、大麦に加え、乾燥に強いナツメヤシ、近年では綿花やサトウキビなどの商品作物の栽培が行われている。

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1039_ビハール州ナーランダにあるナーランダ・マハーヴィハーラ[ナーランダ大学]の考古遺跡_インドolftw

Archaeological Site of Nalanda Mahavihara (Nalanda University) at Nalanda, Bihar_India ビハール州ナー ランダにあるナーランダ・マハーヴィハ ーラ[ナーランダ大学]の考古遺跡_インド cultural_N25 8 12 E85 26 38 Date of Inscription: 2016_Criteria: (iv)(vi)_Property : 23 ha _Buffer zone: 57.88 ha Ref: 150_2016

ナーランダ (Nalanda, नालंदा Nâlandâ, ナーランダー) は、ブッダガヤの北東に位置する町、今日のインドではビハール州になる。 ここには5世紀頃に創設された最大の仏教の学院(今日で言う大学)があった。学生1万人以上、教師も1,000人を数えたといわれる。ここには9階建ての校舎の他、六つの寺院、七つの僧院があった。図書館には 500万冊に及ぶ蔵書があったという。これは文字通り古代の世界では最大の教育施設だったといってもよい。大学は、12世紀イスラム勢力のインド征服により完全に破壊され、それと共にインドでの仏教の衰退が始まった。同じ名前の教育施設が、1351年チベットに設立されている。 釈迦が最後に旅をしたルートとも知られ、マガダ国の王舎城(ラージャグリハ)から多くの弟子を従え、パータリガーマに至るまでの旅の立ち寄り地点である。

1040

1040_Zuojiang Huashan Rock Art Cultural Landscape China_左江花山の ロックアートの文化的景観_中国 _cultural_N22 15 20 E107 1 23 Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(vi)_Property : 6,621.6 ha Buffer zone: 12,149.01 ha _Ref: 1508

Zuojiang Huashan Rock Art Cultural Landscape_ China 左江花山の ロックアートの文化的景観_中国 cultural_N22 15 20 E107 1 23 Date of Inscription: 2016_Criteria: (iii)(vi)_Property : 6,621.6 ha Buffer zone: 12,149.01 ha _Ref: 1508 左江花山の岩絵の文化的景観(さこうかざんのいわえのぶんかてきけいかん)は、中国南部の広西チワン族自治区に残る、700年以上に渡ってカルスト地形の断崖壁面に描かれた大規模な岩絵群を含む文化的景観である。これらの岩絵群は左江(中国語版)およびその支流である明江(中国語版)の岸壁に見られ、広西弄崗国家級自然保護区(中国語版)に含まれる岩絵もある[2]。また、明江右岸は花山岩画風景区に指定されている。2016年7月15日にUNESCOの世界遺産リストに登録され、登録対象となった3地区38件の岩絵群は、崇左市の寧明県、竜州県、江州区、扶綏県に位置している。 なお、中国語: 岩画は「岩絵」のことである。日本語では「岩画」という熟語はあまり一般的ではないが、日本語文献でもこの遺跡を花山岩画(かざんがんが)として掲載しているものがある。

1041

1041_ナン・マトール:東ミクロネシアの祭祀遺跡_ミクロネシアolftw

Nan Madol: Ceremonial Centre of Eastern Micronesia_Micronesia (Federated States of) ナン・マトール:東 ミクロネシアの祭祀遺跡_ミクロネシア cultural_N6 50 23 E158 19 51_Date of Inscription: 2016_Criteria: (i)(iii)(iv)(vi) _Property : 76.7 ha_Buffer zone: 664 ha Ref: 1503 ナン・マトール遺跡(Nan Madol)は、ミクロネシア連邦のポンペイ島にある11世紀〜15世紀の巨石構築物群。ナン・マトールはナン・マタラニウムとも呼ばれ、主に建物と建物の間、つまり「空間」を意味する。総面積40m2の92の人工島からなり、伝承によると行政、儀礼、埋葬などそれぞれの島で機能分担していたとされる。これらの伝承や遺物の検証から政治・宗教の拠点となる水城であったと考えられる。

1042

1042_Antigua Naval Dockyard and Related Archaeological Sites Antigua and Barbuda_アンティグア海軍造船所 と関連の考古遺跡群_アンティグア・バー ブーダ_cultural N17 0 25 W61 45 42_Date of Inscription: 2016_Criteria: (ii)(iv)_Property : 255 ha_Buffer zone: 3,873 ha_Ref: 1499

Antigua Naval Dockyard and Related Archaeological Sites_ Antigua and Barbuda アンティグア海軍造船所 と関連の考古遺跡群_アンティグア・バーブーダ cultural N17 0 25 W61 45 42_Date of Inscription: 2016_Criteria: (ii)(iv)_Property : 255 ha_Buffer zone: 3,873 ha_Ref: 1499 この資産は、ジョージ王朝様式(英語版)の海事施設群で、熱帯地方に適応した変化を伝えていることや、かつての海軍力の背景にした植民地化や技術・思想などの伝播を伝えていることが評価された。アンティグア・バーブーダ初の世界遺産である。

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1043_パンプーリャの近代建築群_ブラジルolftw

Pampulha Modern Ensemble_Brazil パンプーリャの近代 建築群_ブラジル cultural_S19 51 7 W43 58 25_Date of Inscription:2016_Criteria:(i)(ii)(iv)_Prop erty:154 ha_Buffer zone: 1,418 ha_Ref:1493 パンプーリャの近代建築群(パンプーリャのきんだいけんちくぐん)は、ブラジルベロオリゾンテ市北東部に位置する人造湖周辺に形成された庭園都市の建造物群である。パンプーリャ湖周辺の建造物群は、のちにブラジル大統領となるベロオリゾンテ市長ジュセリーノ・クビチェックが、若き建築家オスカー・ニーマイヤーを招聘して建造させたものである。ニーマイヤーは著名な建築家やロバート・ブール・マルクスなど芸術家達とともに、現在ではブラジル最初期かつ最も顕著な例とされるモダニズム建築を手がけた。2016年7月にユネスコの世界遺産リストに登録された(世界文化遺産)。

1044

1044_ルート砂漠_イランolftw

Lut Desert_Iran (Islamic Republic of) ルート砂漠_イラン natural_N30 12 58 E58 50 20_Date of Inscription:2016_ Criteria:(vii)(viii)_Property:2,278,012 ha_Buffer zone:1,794,137 ha_Ref: 1505 ルート砂漠(Dasht-e Lūt)は、イラン東部、ケルマーン州に位置する大砂漠である。岩石が多く、暑いことで有名。首都テヘランから南東に800km、ペルシャ湾のバンダルアッバースから北東500kmに位置する。長さ480km、幅320km。Gandom Beriyan地域には黒い玄武岩溶岩が広がり、太陽熱を吸収し高温のため、生物が見られない。東部は塩原で、南東部には高さ300mに達する砂丘が広がる。

1045

1045_Western Tien-Shan_Kazakhstan Kyrgyzstan Uzbekistan_西天山_ウズベ キスタン/カザフスタン/キルギス共通 _natural_N43 43 6 E68 40 44_Date of Inscription:2016_Criteria: (x)_Ref:1490

Western Tien-Shan_Kazakhstan Kyrgyzstan Uzbekistan_西天山_ウズベ キスタン/カザフスタン/キルギス共通 _natural_N43 43 6 E68 40 44_Date of Inscription:2016_Criteria: (x)_Ref:1490 天山山脈(てんざんさんみゃく、テンシャンさんみゃく、中国語簡体字:天山山脉、拼音: Tiānshān Shānmàiティエンシャン・シャンマイ)は中央アジア、タクラマカン砂漠の北および西のカザフスタン、キルギス、中国の国境地帯にある山脈。 ウイグル語名は天の山を意味するテンリ・タグ(تەڭرىتاغ Tengri tagh)といい、漢名はこれに由来する。 南はパミール高原に繋がる。最高峰はポベーダ山(7,439 m)で、中国とキルギスの国境にあり、キルギスの最高峰でもある。2番目に高いのはハン・テングリ(7,010 m)でカザフスタンとキルギスの国境にある。トルガルト峠(3,752 m)がキルギスと新疆ウイグル自治区の境界に位置している。天山山脈を源流とする主な河川はシルダリヤ川とタリム川。

1046

1046_Hubei Shennongjia China_湖北 省の神農架_中国_natural_N31 28 11 E110 14 38_Date of Inscription:2016 Criteria:(ix)(x)_Property:73,318 ha_Buffer zone:41,536ha_Ref:1509

Hubei Shennongjia China 湖北 省の神農架_中国 natural_N31 28 11 E110 14 38_Date of Inscription:2016 Criteria:(ix)(x)_Property:73,318 ha_Buffer zone:41,536ha_Ref:1509 神農架林区(しんのうか-りんく)は中華人民共和国湖北省に位置する省直轄林区(県級行政区)。現在、中国で唯一の「林区」である。林区人民政府は、松柏鎮常青路39号にある。2016年の第40回世界遺産委員会で世界遺産リストに加えられた。峡谷のダム建設現場伝説では「野人」が住むといわれているほど、自然が豊かだったが、林業や農業によりその環境が脅かされていた。1980年、中心部にある33万haの森林を国家級の自然保護区に指定したのをはじめ、1999年10月より、生態系および自然保護を目的とし、森林内に住む住民を他に移転させている。今では森林伐採も禁止され、伐採に従事していた作業員は森林保護官となっている。

1047

1047_ミステイクン_ポイント_カナダolftw

Mistaken Point _ Canada ミステイ クン・ポイント_カナダ natural_N46 38 6 W53 12 40_Date of Inscription:2016 Criteria:(viii)_Property:146ha_Buffer zone:74 ha Ref:1497 ニューファンドランド島のアバロン半島南端に位置する全長17kmの断崖で、5億8千万~5億6千万年前に遡る先カンブリア時代に栄えたエディアカラ生物群の化石が豊富に出土する。単細胞から多細胞への進化の過程をよく示す地球最初期の多細胞生物群だが、骨格や外骨格を持たないことから化石として残りにくく、非常に貴重な資料となっている。

1048

1048_レビジャヒヘド諸島_メキシコolftw

Archipiélago de Revillagigedo_Mexico レビジャヒヘド 諸島_メキシコ natural_N18 47 17 W110 58 31_Date of Inscription:2016_Criteria:(vii)(ix)(x)_Re f: 1510 レビジャヒヘド諸島(Archipiélago de Revillagigedo または Islas Revillagigedo)は太平洋のおおよそ北緯18度、西経112度付近にある諸島である。メキシコ、コリマ州のマンサニージョ市に属しており、バハカリフォルニア半島南端のサンルカス岬の南西386km、マンサニージョの西720kmから870km西に位置している。 大陸棚上にない太平洋のメキシコの島には他にグアダルーペ島とロカスアリホス島がある。 面積は合計で169 km2である。ソコロ島の南部に海軍の基地があり、250名がすんでいる。クラリオン島には小さな海軍の基地があり、9名がいる。そのほかは無人である。

1049

Sanganeb_Marine National Park and Dungonab Bay - Mukkawar Island Marine National Park_Sudan_サンガネ ブ海洋国立公園とドンゴナーブ湾-ムカ ワル島海洋国立公園_スーダン _natural_N19 44 10 E37 26 35_Date of Inscription:2016_Criteria: (vii)(ix)(x) Property : 199,523.908 ha Buffer zone: 401,135.66 ha_Ref: 262rev

Sanganeb_Marine National Park and Dungonab Bay - Mukkawar Island Marine National Park_Sudan サンガネ ブ海洋国立公園とドンゴナーブ湾-ムカ ワル島海洋国立公園_スーダン natural_N19 44 10 E37 26 35_Date of Inscription:2016_Criteria: (vii)(ix)(x) Property : 199,523.908 ha Buffer zone: 401,135.66 ha_Ref: 262rev サンガネーブ海洋国立公園とドンゴナーブ湾=ムカッワー島海洋国立公園(サンガネーブかいようこくりつこうえんとドンゴナーブわん=ムカッワーとうかいようこくりつこうえん)は、スーダンの紅海沿岸及び海域に設定された2つの海洋保護区(英語版)を対象とするUNESCOの世界遺産リスト登録物件である。紅海唯一の環礁や紅海最大級の湾を擁する自然美、生態系などが評価されたもので、スーダンの世界遺産としては初の自然遺産となった。

1050

1050_The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities_Iraq_南イラクのアフワール:生物 多様性保護区とメソポタミア都市群の残 存景観_イラク_mixed_N31 33 44_E47 39 28_Date of Inscription: 2016_Criteria:(iii)(v)(ix)(x)_Property:21 1,544 ha_Buffer zone:209,321 ha_Ref: 1481

The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities_Iraq 南イラクのアフワール:生物 多様性保護区とメソポタミア都市群の残 存景観_イラク mixed_N31 33 44_E47 39 28_Date of Inscription: 2016_Criteria:(iii)(v)(ix)(x)_Property:21 1,544 ha_Buffer zone:209,321 ha_Ref: 1481 対象となるのはウル、ウルク、エリドゥの古代遺跡およびマーシュ湿地帯(アフワール湿地帯)に含まれる4箇所の湿地である。しかし、ICOMOSからは、古代都市遺跡の中で上記3件に絞った理由が不鮮明であることや、湿地と文化の結びつきも十分に示されていないとされた。IUCN も自然的側面について今後価値を証明できる可能性を指摘しつつも、再検討を求めた。逆転で登録を果たし、イラク初の複合遺産となった。

1051

1051_Khangchendzonga National Park_India_カンチェンジュンガ国立公 園_インド_mixed_N27 45 53 E88 22 38_Date of Inscription:2016_Criteria: (iii)(vi)(vii)(x)_Property:178,400 ha_Buffer zone:114,712 ha_Ref:1513

Khangchendzonga National Park_India カンチェンジュンガ国立公 園_インド mixed_N27 45 53 E88 22 38_Date of Inscription:2016_Criteria: (iii)(vi)(vii)(x)_Property:178,400 ha_Buffer zone:114,712 ha_Ref:1513 カンチェンゾンガ国立公園 (Khangchendzonga National Park) は、インドのシッキム州にある国立公園であり、ネパール語でカンチェンジュンガと呼ばれる世界3位の高峰(8,586 m)の、インド領内の一帯を対象としている。カンチェンジュンガ生物圏保護区 (Kanchenjunga Biosphere Reserve) として生物圏保護区にもなっている。旧表記はカンチェンジュンガ国立公園 (Kanchenjunga National Park) で、日本では現在名のKhangchendzonga National Park に対してもその名で表記されることがある。2017年7月17日にUNESCOの世界遺産リストに登録され、インドの世界遺産では初の複合遺産となった。 この公園はヤルン、タルン、カンチェンジュンガ、ゼム(英語版)など多くの氷河を擁しており、ジャコウジカ、ユキヒョウ、ウンピョウ、ヒマラヤタールなどが棲息している[7]。 1052

1052_エネディ山塊_自然及び文化景観_チャドolftw

Ennedi Massif:Natural and Cultural Landscape_Chad

エネディ山 塊:自然及び文化景観_チャド mixed_N17 2 30 E21 51 46_Date of Inscription:2016_Criteria: (iii)(vii)(ix)_Property:2,441,200 ha_Buffer zone:777,800 ha_Ref:1475 チャド北西部のエネディ山地(英語版)は紀元前5000年にまで遡る岩絵群と、自然美・生態系に特色のある自然環境が残されている。しかし、諮問機関は文化、自然の両面について、範囲の再考などによって当てはまる可能性を認めつつ、今回は登録延期とすることを勧告した。逆転登録を果たし、チャド2件目の世界遺産となった。

「参考」Wikipediaより ■第40回世界遺産委員会 第40回世界遺産委員会は、2016年7月と10月にトルコのイスタンブールとフランスのパリで開催された世界遺産委員会である。当初は7月10日から7月20日にイスタンブールのイスタンブール・コングレス・センターでのみ開催される予定だったが、会期中に勃発したクーデター未遂事件が原因で7月16日の会議は中止され、翌17日の会議でイスタンブールでの会議は終了となった。残る議事は同年10月24日から26日にパリのユネスコ本部で開催された会議で取り扱われた[3]。この世界遺産委員会の会場は文化遺産12件、自然遺産6件、複合遺産3件の計21件が登録された結果、世界遺産リスト登録物件の総数は1,052件となった。従来世界遺産を保有していなかった国の中では、ミクロネシア連邦とアンティグア・バーブーダが保有国の仲間入りをした。 危機遺産 危機にさらされている世界遺産(危機遺産)の変更状況は以下の通り。リビアの世界遺産は5件全てが危機遺産リストに加えられた。リストからの除去[編集]ムツヘタの歴史的建造物群(ジョージア)リストへの追加[編集]レプティス・マグナの考古遺跡(リビア)サブラタの考古遺跡(リビア)キュレネの考古遺跡(リビア)タドラルト・アカクスの岩絵遺跡群(リビア)ガダミスの旧市街(リビア)シャフリサブス歴史地区(ウズベキスタン)ジェンネ旧市街(マリ共和国)ナン・マトール:ミクロネシア東部の儀礼的中心地(ミクロネシア連邦)

 
 
 

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